この記事を要約すると
- 遺言の作成は相続トラブルを生前に予防するのに有効
- 自分で遺言書を作成しても法的要件を充していないと無効になる場合がある
- 公正証書遺言は家庭裁判所に保管されるため、偽造や改ざんのリスクがない
「うちの親は富裕層じゃないから遺言なんていらないよ」とお考えの人も多いと思います。
令和2年度の司法統計第52表によると家庭裁判所で解決した遺産分割事件(総数:5,807件)のうち遺産価額1,000万円以下が2,017件で約35%、遺産価額1,000万円超5,000万円以下が2,492件で約43%となっています。
つまり遺産分割事件のうち約80%が遺産価額5,000万円以下の相続が発生しているのです。
相続トラブルは他人事ではありません。こうした相続トラブルの予防に有効な手段が遺言の作成です。しかし、親御さんが遺言を作成しても形式内容が法的要件を充たしていなければ、遺言は無効になります。
法的に有効な遺言であっても、執行できなければ親御さんの意思が実現できません。
「争族」回避のために公正証書遺言を作成することをお勧めいたします。公正証書遺言を事前に作成することで相続トラブルを予防でき、「争族」の回避につながります。
遺言とはなにか
遺言とは、遺言者が一生かけて築いた財産を、最も有意義に活用してほしいと願って行う最後の意思表示です。15歳以上かつ意思能力をもつ人であれば遺言ができ、その撤回はいつでも可能です。(民法961条 963条 1022条)
親御さんの意思を尊重するためにも、元気で判断能力もあるときに遺言を書いてもらいましょう。病気、認知症などで判断能力が低下すれば遺言など書けません。
遺言書を書かずに亡くなると、遺産をめぐって家族親族の間で争いが起こり、相続が「争族」になりかねません。
「争族」を防ぎ、親御さんの遺産を有意義に活用するために、できるだけ早い時期での遺言作成をおすすめします。
公正証書遺言とは
公正証書遺言とは、公証役場の公証人が関わり、公正証書で作成する遺言書です。(民法969条)
公証人とは、裁判官、検察官または弁護士としての資格を有する者で、公募に応じたものの中から法務大臣が任命する実質的な公務員です。(公証人法11条 13条)公証人のほとんどが、裁判官や検事を定年退職した人です。
メリット
上記のように公証人はベテランの法律家なので、法的に有効な遺言書の作成が可能です。
遺言者の自書がなくても大丈夫です。遺言者が署名できない場合は、公証人がその旨を付記し署名に代えられます。(民法969条第4号)
家庭裁判所の検認が不要(民法1004条第1項 第2項)公証役場が原本を遺言者の死後50年間保管してくれるので、遺言書が偽造、改ざんされるリスクは皆無です。
また、公正証書遺言では、検認は不要です。
デメリット
公証人に遺言書作成を依頼するため費用がかかります。費用は、公証人手数料令第9条にて以下のように定められています。
目的の価額 | 手数料 |
100万円以下 | 5,000円 |
100万円を超え200万円以下 | 7,000円 |
200万円を超え500万円以下 | 11,000円 |
500万円を超え1,000万円以下 | 17,000円 |
1,000万円を超え3,000万円以下 | 23,000円 |
3,000万円を超え5,000万円以下 | 29,000円 |
5,000万円を超え1億円以下 | 43,000円 |
1億円を超え3億円以下 | 43,000円に超過額5,000万円までごとに13,000円を加算した額 |
3億円を超え10億円以下 | 95,000円に超過額5,000万円までごとに11,000円を加算した額 |
10億円を超える場合 | 24万9,000円に超過額5,000万円までごとに8,000円を加算した額 |
引用元:日本公証人連合会公式サイト
ちなみに相談料はかかりませんが、証人2人以上の立会いが必要です。(民法969条第1項)
公正証書遺言の証人とは
公正証書遺言は公証人が作成しますが、その完成には証人が2名必要です。
なぜ公証人だけでなく証人が必要なのかというと、遺言者の自由な意思による遺言であり、公証人が正確に遺言を記載していることを確認することが目的です。
証人は公正証書遺言が作成される当日、公証役場に出向きます。当日までに公証人が遺言者から話を聞いて遺言書を作成しているため、その内容を読み上げて確認を行います。内容に問題がなければ署名・押印します。
証人は遺言書作成そのものには一切関与しませんが、後日争いになった際に裁判での証言を求められることがあります。
このように重要な役割を担うため、弁護士や司法書士など法律の専門家に依頼することも可能です。
ただし、証人を株式会社や銀行などの法人とすることもできません。また、公証役場から証人を紹介してもらうこともできます。費用は公証役場によって異なりますので、事前に確認しておきましょう。
遺言書作成までの準備
まずは箇条書きやメモ書きで構いませんので、遺言者の考えをまとめていきます。ポイントは何を誰に相続するかです。
何を相続するか
遺言者の相続財産の一覧を作成しておきます。
主な相続財産には現金、預金、株式、不動産、生命保険などがあげられます。お金に換算されるものはすべて相続財産となります。
- ○○銀行に○○円の預金がある。
- 不動産としては自宅以外に○○(住所)に土地を保有している。
など、できるだけ具体的に記載しておきます。各種書類についても保管場所を決めておき、記載しておくと良いでしょう。
上記のようなプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産がある場合も漏れなく記載しておきます。
誰に相続するか
上記で作成した財産一覧に誰に相続するかを記載しておきます。相続先は誰でもかまいません。遺言者が自由に決められます。ただし、遺留分に注意が必要です。
遺留分とは、法律で決められた相続割合のことで、一定の相続人に対して遺言でも奪うことのできない遺産の割合のことです。
遺言書があってもその内容が不平等であれば遺留分を請求されることがあります。遺留分について詳細は後述します。
必要な書類を用意する
必要な書類は以下の通りです。なお、遺言によっては追加の書類が必要になることがあります。
- 遺言者の本人確認書類
- 印鑑登録証明書または運転免許証など顔写真の入った証明書のいずれか
- 不動産に関する書類
- 登記事項証明書(登記簿謄本)と固定資産評価証明書または固定資産税・都市計画税納税通知書の中の課税明細書
- 遺言者と相続人の続柄がわかる戸籍謄本
- 相続人以外に遺贈する場合は、その人の住民票
必要書類は公証役場によっても若干異なるため、詳細は直接公証役場に問い合わせるのが確実です。
証人を用意する
公正証書遺言には必ず2名以上の証人が必要です。
証人は基本的に遺言者が用意するのですが、難しい場合は公証役場で紹介してもらうことも可能です。その場合、証人1人につき1万円程度の手数料が必要となります。
誰でもなれるとはいえ、遺言の内容を知られることになるため相手を選ぶことになります。滅多にないことですが、遺言書の有効・無効をめぐって争いになった場合、証人として出頭を求められることもあります。
出頭を求められた場合、正当な理由がない限り欠席は認められません。滅多にないとはいえ、このように証人には相応の責任が求められます。
周りに証人に妥当な人を見つけられない場合、弁護士や司法書士などに依頼することも検討しましょう。
証人になれる人
公正証書遺言の証人になるために必要な資格はありません。以下の条件に合致する人は証人になれません。
- 推定相続人および受遺者
- 推定相続人や受遺者の配偶者及び直系血族
- 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記および使用人
- 未成年者
難しい言葉が並んでいますが、受遺者とは遺言により財産を受け取る人のことを言います。つまり、遺産を相続する人は証人になることはできません。
推定相続人とは、ある人が亡くなった場合に相続人になるはずの人のことです。相続には順位が決まっています。
配偶者が存命であれば必ず推定相続人となります。配偶者以外の血縁者は以下の順位に従い最も順位の高い人が推定相続人となります。
配偶者 | 常に法定相続人 |
第1順位 | 子(直系卑属) 孫、ひ孫と何代でも代襲相続される |
第2順位 | 親(直系尊属) 祖父母、曾祖父母と何代でも代襲相続される |
第3順位 | 兄弟姉妹 |
これらの人は遺言に利害関係があるため、証人になれません。
遺言書の作成方法
- 遺言者が相談メモと必要資料を公証人に提出します。
- 公証人がこれらを根拠に遺言書案を作成します。
- 遺言者が修正ポイントがあれば指摘します。
- 公証人が修正し、遺言書を完成させます。
- 遺言書の作成当日、2人以上の証人が立ち合い、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口述します。
- 公証人が遺言者の口述を筆記し、これを遺言者と証人に読み聞かせるか、閲覧させます。
- 遺言者と証人の筆記が正確であることを承認した後に、各自これに署名し印を押します。
- 公証人がこの証書は民法969条に掲げる方式に従って作成したものである旨を付記して署名し印を押します。(民法969条)
公正証書遺言を作成する際の注意点
公正証書遺言を作成する際に知っておきたい費用やルールについて確認していきましょう。
遺留分に注意
法定相続人には一定の割合の遺産を相続する権利があり、これを遺留分と呼びます。遺留分は遺言があっても奪うことはできません。
遺留分を侵害する遺言書も有効ですが、相続人が遺留分侵害額請求をすれば、遺留分を取り戻すことが可能です。ただし、廃除された相続人や相続欠格となった人に遺留分は認められません。
遺留分の割合は以下の通りです。
相続人 | 遺留分権利者 | 遺留分の割合 |
配偶者のみ | 配偶者 | 2分の1 |
配偶者と子 | 配偶者 | 4分の1 |
子 | 4分の1 | |
配偶者と直系尊属 | 配偶者 | 3分の1 |
直系尊属 | 6分の1 | |
配偶者と兄弟姉妹 | 配偶者 | 2分の1 |
兄弟姉妹 | 0 | |
子のみ | 子 | 2分の1 |
直系尊属のみ | 直系尊属 | 3分の1 |
推定相続人の相続権をすべて失わせることを相続廃除と呼びます。相続廃除された人に子どもや孫がいれば、代襲相続として相続権が引き継がれます。
手数料以外の加算
作成した遺言の撤回 | 11,000円 |
相続財産が1億円以下 | 11,000円 |
祭祀承継者を指定する | 11,000円 |
証人への日当 | 10,000円/1人あたり |
公証人に出張を依頼した場合
出張にかかる交通費 | 実費 |
公正証書作成手数料 | 上記表の×1.5倍 |
日当 | 10,000円/4時間 20,000円/日 |
その他、弁護士や司法書士などの専門家に相談や作成代行を依頼した場合は別途費用がかかります。公正証書遺言は遺言を確実に実行するために有効ですが、多少の費用が掛かることは理解しておきましょう。
遺言執行者
次に遺言を執行する遺言執行者について見ていきましょう。遺言執行者とは、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利と義務を持つ人です。(民法1012条第1項)
未成年者と破産者でなければ誰でもなれます。(民法1009条)
遺言執行の業務内容
では遺言執行者の業務は具体的にどのようなものでしょうか。
相続人の確定
- 遺言執行者に就任承諾したことを相続人に通知
- 遺言者の財産目録を作成し、相続人に交付
- 法務局での各種登記申請手続き
- 金融機関での預貯金の解約、払戻し手続き
- 遺言の執行状況の報告と完了報告
- 遺言執行の妨害をしている者の排除
- 遺言執行に必要な訴訟行為など
遺言執行者の選任方法
下記3つのうちのいずれかになります。
- 遺言者が遺言で遺言執行者を指定(民法1006条第1項前段)
- 遺言者が遺言執行者の指定を第三者に委託し、その第三者が遺言執行者を指定(民法1006条第1項後段)
- 相続人などの利害関係者の請求によって、家庭裁判所が選任(民法1010条)
遺言作成を専門家に依頼したときには、その専門家に遺言執行者になってもらうように依頼することも可能です。
遺言執行者の解任方法と辞任方法
遺言執行者が遺言執行の業務を怠ったときやその他に正当な事由があるときは、利害関係人が家庭裁判所に解任を請求できます。
正当な事由があるとき、遺言執行者は家庭裁判所の許可を得て辞任できます。(民法1019条第1項第2項)
遺言執行者は誰に依頼すべきか
あなたが一番信頼できる専門家に依頼すべきです。理由は次のとおりです。
遺言執行は複雑で難度の高い業務ですが、相続の知識をもっている専門家であればスムーズに処理できます。
身内の人に依頼するとその人が遺言執行手続きをしなければなりませんが、仕事のかたわら遺言執行することはまず不可能です。
相続に関する専門家は相互に横の繋がりがありますから、まずは身近な専門家に相談することをおすすめします。
この記事の監修者
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