この記事を要約すると
- 「相続させる」旨の遺言は、特定の相続人に財産を承継させる遺言の典型的な書き方です。
- 最高裁平成3年4月19日判決は、このような遺言を原則として遺産分割方法の指定と整理しました。
- 2019年の相続法改正後は、法定相続分を超える権利取得について登記などの対抗要件が重要になっています。
目次
「相続させる」旨の遺言とは
遺言書では、「長男に自宅土地を相続させる」「妻に全財産を相続させる」といった表現がよく使われます。これが、いわゆる「相続させる」旨の遺言です。相続人以外の人に財産を渡す場合は「遺贈する」と書くのが通常ですが、相続人に対しては「相続させる」という言葉が長く実務で使われてきました。
この表現が重要なのは、単なる希望ではなく、法律上の効果を持つからです。最高裁平成3年4月19日判決は、「相続させる」趣旨の遺言を、原則として遺産分割方法の指定と理解する考え方を示しました。つまり、遺言者が「この不動産はこの相続人へ」と指定した場合、遺産分割協議を経ずに、その相続人が財産を取得する方向で扱われます。
現在の民法では、こうした類型は「特定財産承継遺言」として整理されています。関係する条文は、e-Gov法令検索の民法で確認できます。特に民法第899条の2は、相続による権利承継について、法定相続分を超える部分は登記などの対抗要件を備えなければ第三者に対抗できないと定めています。
昔の判例と現在のルールの違い
古い実務では、「相続させる」遺言があれば、第三者に対しても登記なく主張できるのかが問題になりました。最高裁平成3年4月19日判決や最高裁平成5年7月19日判決は、当時のルールのもとで重要な判断を示しています。特に平成5年判決は、相続分の指定により取得した持分を相続人の債権者に対抗する場面で、登記の要否が争われた事案として知られています。
ただし、ここで注意が必要です。現在は2019年の相続法改正により、民法第899条の2が置かれ、法定相続分を超える権利取得は登記などが重要になりました。古い記事や古い説明の中には「相続させる遺言なら登記は不要」と読めるものがありますが、現在の実務ではそのまま使うと危険です。
不動産については、第三者に対して権利を主張するために登記が必要になる場面があります。さらに、2024年4月1日から相続登記の申請義務化が始まっています。制度の概要は法務省の相続登記の申請義務化ページでも案内されています。遺言書がある場合でも、「登記しなくてよい」ではなく、早めに登記するという発想が大切です。

不動産がある場合の登記申請は誰がするのか
「長男に自宅を相続させる」という遺言があり、遺言書の形式にも問題がない場合、基本的にはその不動産を取得する相続人が相続登記を申請します。遺産分割協議書は不要になることが多いですが、遺言書、被相続人の死亡がわかる戸籍、相続人の戸籍、住民票、固定資産評価証明書など、登記に必要な資料は別途そろえる必要があります。
以前は、特定財産承継遺言について遺言執行者がどこまで登記に関与できるのかが実務上問題になりました。現在は民法改正により、特定財産承継遺言に関する遺言執行者の権限も整理されています。遺言書に遺言執行者が指定されている場合は、その記載内容と現在の民法のルールを確認して進めます。
登記の現場では、遺言書の文言が少し違うだけで判断が変わることがあります。「相続させる」「遺贈する」「取得させる」「任せる」など、言葉の違いが登記原因や添付書類に影響することがあります。手書きの自筆証書遺言では、住所や地番の表記が不十分で、どの不動産を指すのか迷うケースもあります。
「全財産を相続させる」と「一部の財産を相続させる」
「妻に全財産を相続させる」という遺言と、「長男に横浜市神奈川区の土地を相続させる」という遺言では、実務上の確認ポイントが違います。全財産を相続させる遺言では、預金、不動産、株式、動産など、財産全体を対象にします。ただし、遺留分を侵害している場合には、他の相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。
一部の財産を相続させる遺言では、対象財産の特定が重要です。不動産なら登記簿上の所在、地番、家屋番号まで書かれているか。預金なら金融機関名、支店名、口座番号まで特定されているか。特定が曖昧だと、金融機関や法務局で手続きが止まることがあります。
遺言書は「家族ならわかる」では足りず、金融機関や法務局が見ても財産を特定できる書き方が必要です。相続人の間では意味が通じても、手続機関が判断できなければ実務では使いにくい遺言になります。
割合だけを書いた遺言は注意
「長男に全財産の2分の1を相続させる」「長女に全財産の2分の1を相続させる」というように、割合だけを書いた遺言もあります。この場合、特定の土地を2分の1ずつ共有で登記できるのか、個別財産をどのように割り振るのかが問題になります。
割合指定の遺言は、相続分の指定として扱われることがあります。その場合、具体的にどの不動産を誰が取得するかまでは決まっていないため、追加の遺産分割協議が必要になることがあります。逆に、遺言書の文言から個別財産の承継先が明確なら、協議なしで進められる可能性もあります。
相続登記を後回しにするリスク
遺言書があっても、相続登記を後回しにするとリスクがあります。相続人が亡くなって次の相続が起きる、必要書類が集めにくくなる、不動産を売却できない、担保設定ができない、第三者との関係で権利主張が難しくなる、といった問題です。
2024年4月1日から相続登記は義務化され、正当な理由なく申請を怠ると過料の対象になる可能性があります。法務省も相続登記の義務化を周知しています。「相続させる」遺言があるなら、遺言書の確認と相続登記をセットで進めるのが現在の実務感覚です。
遺言書の文言チェックポイント
「相続させる」旨の遺言があるときは、まず文言を丁寧に読みます。誰に、どの財産を、どの割合で承継させるのか。予備的な受取人は書かれているか。遺言執行者は指定されているか。日付、署名、押印、自筆証書遺言の方式に問題はないか。こうした基本確認を飛ばして登記手続きに入ると、途中で補正や追加資料が必要になります。
特に不動産は、住所ではなく登記簿上の表示で特定されます。「横浜の自宅」とだけ書かれている遺言でも、事情から特定できる場合はありますが、実務上は慎重な判断が必要です。土地と建物の片方だけしか書かれていない、私道持分が漏れている、マンションの敷地権の記載が不十分といった例もあります。遺言書の文言は、家族の理解ではなく、手続機関が判断できるかで確認することが大切です。
遺留分との関係も忘れない
「長男に全財産を相続させる」という遺言があっても、他の相続人の遺留分が問題になることがあります。遺留分とは、一定の相続人に最低限保障される取り分です。遺留分を侵害された相続人は、財産そのものの返還ではなく、原則として金銭での遺留分侵害額請求をすることになります。
不動産を一人に承継させる遺言は、家を守る目的では有効な選択肢です。しかし、他の相続人への説明や代償金の準備がないと、遺留分請求をきっかけに関係が悪化することがあります。遺言書を作る段階では、相続登記だけでなく、遺留分、相続税、納税資金まで見ておくと、残された家族が動きやすくなります。
専門家に相談するタイミング
相談のタイミングは、相続開始後だけではありません。遺言書を作る前、親が施設へ入る前、不動産の売却を考え始めた時点でも相談できます。すでに遺言書が見つかった場合は、家庭裁判所の検認が必要な自筆証書遺言か、公正証書遺言か、法務局保管制度を利用した自筆証書遺言かによって手続きが変わります。
司法書士に相談するときは、遺言書の写し、不動産の固定資産税納税通知書、登記事項証明書、相続人がわかる戸籍、亡くなった方の住民票除票などがあると判断しやすくなります。手元に全部そろっていなくても、まずは遺言書の文言を確認するだけで、登記できる可能性や追加で必要な書類の方向性が見えてきます。
まとめ
「相続させる」旨の遺言は、相続人に特定の財産を承継させるための重要な書き方です。最高裁平成3年4月19日判決などにより、かつては遺産分割方法の指定として整理されてきました。
しかし、現在は民法第899条の2や相続登記義務化の影響もあり、不動産については登記を早めに済ませることが重要です。古い判例の結論だけを切り取るのではなく、今の条文と実務に合わせて判断しましょう。
「相続させる」旨の遺言に関するよくある質問
- Q. 「相続させる」旨の遺言とは何ですか?
- A. 特定の相続人に財産を承継させる趣旨の遺言です。最高裁平成3年4月19日判決は、原則として遺産分割方法の指定と整理しました。
- Q. 「相続させる」遺言があれば遺産分割協議は不要ですか?
- A. 対象財産が明確に特定されていれば、遺産分割協議なしで手続きできることがあります。ただし、割合だけの指定や文言が曖昧な場合は協議が必要になることがあります。
- Q. 不動産について登記は必要ですか?
- A. はい。現在は民法第899条の2により、法定相続分を超える権利取得を第三者に対抗するには登記などが重要です。相続登記義務化も始まっているため、早めの申請が必要です。
- Q. 遺言執行者がいれば相続人は何もしなくてよいですか?
- A. そうとは限りません。遺言書の内容、遺言執行者の権限、登記手続きの必要書類を確認する必要があります。
- Q. 古い遺言書でも使えますか?
- A. 形式や内容に問題がなければ使える可能性があります。ただし、相続法改正後の対抗要件や相続登記義務化を踏まえて、現在の手続きに合うか確認が必要です。

